「城を楽しむ3つのポイント」と題して、3回に亘って、初心者でも城を楽しく見学できる秘訣を紹介してきた。
ここで、具体的にどのように見ていけばよいのか実例を示してみたいと思う。例として、今、NHKの大河ドラマで放送中の「豊臣兄弟」の主役・豊臣秀長が奈良県に築城した大和郡山城を取り上げてみることにした。
大和郡山城は、
1.天守
– 天正期に建てられた天守は伝5層6階とされ、
– 順慶時代に完成した天守は、
– 1600年以降、天守は二条城へ移築されたと伝わる。
– 現在は天守台のみが残り、展望施設として整備されている。
3. 石垣
– 仏塔の石材
■平城京羅城門の礎石まで使用
平城京羅城門の礎石とされる石材が石垣から見つかっている。
4. 歴史的背景
10世紀後半、郡山衆と呼ばれる土豪が館を構え、
■筒井順慶による大規模改修(1580〜)
– 1580年、織田信長の命で筒井順慶が入城し、
– 多聞山城の石材を運び込み、奈良中の大工を動員。
– 天正11年(1583)頃に「天守」が完成したとされる。
■豊臣秀長による100万石の城郭整備(1585〜)
– 1585年、秀吉の弟・豊臣秀長が大和・紀伊・
– 春日大社の水谷川から大石を切り出し、寺院の礎石・五輪塔・
– 城下町「箱本十三町」を整備し、自治制度を導入するなど、政治・
■増田長盛〜江戸期の整備
– 秀長・秀保の死後、五行の増田長盛が入城し、
– 関ヶ原後は徳川方により建物の多くが伏見城・
– その後、水野勝成・松平忠明・本多氏・柳沢氏が入城し、
現在の大和郡山城
– 石垣・堀・土塁が良好に残り、国の史跡に指定。
– 追手門・隅櫓・多聞櫓などが市民活動により復元されている。
– 春には約800本の桜が咲き、「日本さくら名所100選」
まとめ
大和郡山城は、
– 筒井順慶の戦国城郭
– 豊臣秀長の100万石の政治拠点
– 増田長盛の総構え
– 江戸期譜代大名の整備
という多層的な歴史を持ち、特に転用石文化を象徴する石垣は全国でも唯一無二の存在である。












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