日本の城の魅力を紹介します!

石垣山城~下調べ

  • HOME »
  • 石垣山城~下調べ

小田原城を見下ろす位置にある石垣山城は、豊臣秀吉が小田原攻めの際に築いた「一夜城」として有名です。しかし、実際には突貫工事で作られた仮設の城ではなく、当時の最高技術を結集した本格的な総石垣の城でした。

​1. 「一夜城」伝説
​石垣山城は、天正18年(1590)の小田原征伐において、北条氏を精神的に追い詰めるための「見せつけの城」として築かれたとも言われている。

​情報戦の演出: 実際には延べ4万人を動員し、約80日間かけて築城された。小田原城側から見えないように木々を残して建設を進め、完成した瞬間に周囲の木を一斉に伐採。北条氏側に「一晩で城が出現した」と思わせ、戦意を喪失させたと伝えられている。

長期戦への備え: 単なるパフォーマンスではなく、秀吉はこの城に天皇を迎えようとしたり、茶会を開いたりするなど、長期戦を見越した本拠地(本営)として整備した。

2. 関東初の「総石垣」の城
​石垣山城の最大の特徴は、その名の通り関東で初めて築かれた「総石垣」の城である点である。当時の関東の城は土塁(土を盛った壁)が主流だったが、秀吉は織豊系城郭の象徴である石垣を用いることで、圧倒的な力の差を示した。

​野面積: 石材を加工せずに積み上げる「野面積」という技法が使われている。近江から呼び寄せた石工集団「穴太衆」が関わったとされ、今もなお力強い石垣が残っている。

​広大な規模: 標高約260mの山頂に築かれ、本丸、二の丸、西曲輪など、近世城郭としての複雑な縄張りを備えていた。

​3. 小田原城との位置関係
​石垣山城は、小田原城から南西に約3km離れた「笠懸山(かさがけやま)」に位置している。

PAGETOP
Copyright © 城の歩き方 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.