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関盛信
関盛信は、戦国時代から安土桃山時代にかけて伊勢国(現在の三重県)北部で勢力を誇った伊勢北伊勢八家の一人であり、亀山城の歴史を語る上で欠かせない重要人物である。彼は、鈴鹿川流域を支配した関氏の当主として、激動の時代を生き抜 …
旅の記録.7~伊勢亀山城
三重県の伊勢亀山城は、鎌倉期に始まり、戦国・江戸を通じて姿を変えながら発展した城郭。現存する多聞櫓や石垣、堀跡などから、近世城郭としての構造をよく読み取ることができる。 1. 歴史的背景 伊勢亀山城は、鎌倉時代に関氏 …
水野忠央~新宮城主
水野忠央(みずの ただなか)- 9代新宮城主 生年: 文化11年(1814)10月1日生まれ、 没年: 慶応元年(1865)2月25日に新宮城で死去。享年52(満50歳没) 家系背景: 水野家は徳川家康のいとこを祖にもつ …
筒井定次
筒井定次(つつい さだつぐ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけて活躍した武将・大名で、伊賀上野城を築いた人物として知られています。 養父である筒井順慶のイメージや、その後の改易といった結末から、歴史上では「暗愚」あるい …
北畠親房
北畠親房は、南北朝時代を代表する公家であり、軍事指導者、そして歴史書『神皇正統記』の著者としても知られる多才な人物。伊勢国(現在の三重県)を拠点とした北畠氏の重鎮として、田丸城との関わりも非常に深いものがある。 1 …
大手と搦め手
城郭における大手と搦め手(からめて)は、単なる出入口の違いではなく、城の構造思想・軍事戦略・儀礼性を理解するうえで非常に重要な概念である。 大手とは 大手とは、城の正面入口。公式な出入口であり、「表玄関」にあたる。最も …
蒲生氏郷
蒲生氏郷は、戦国武将・大名・城下町建設者・キリシタン・文化人という複数の顔を併せ持つ、言わば、戦国時代が生んだ「総合プロデューサー型大名」、きわめて完成度の高い人物である。 1. 基本情報 生没年 1556年(弘治2)- …
水野忠央
水野忠央(みずの ただなか)- 9代新宮城主 生年: 文化11年(1814)10月1日生まれ、 没年: 慶応元年(1865)2月25日に新宮城で死去。享年52(満50歳没) 家系背景: 水野家は徳川家康のいとこを祖にもつ …
旅の記録6~山中城 土の城の最高傑作
昨年の三度の伊勢街道巡り旅で、桑名城、津城、田丸城、松阪城、伊賀上野城と伊勢街道沿いの城を訪れて以来、城への興味が急に大きく膨らんでいった。そんなところへ、旧友の一人から、山中城を知っているかと聞かれた。はて、今まで聞い …
石垣の歴史
日本の城で本格的な石垣が使われ始めたのは戦国時代前期〜中期(16世紀前半)で、最初期の代表例として最も有力視されているのが近江国・観音寺城(滋賀県近江八幡市)である。 石垣使用の始まり 1. 古代:7世紀後半(飛鳥〜奈良 …
懸魚とは
懸魚は、日本建築の屋根の破風(はふ)の下に吊り下げられる装飾板のこと。もともとは木造建築の棟木(むなぎ)や梁の接合部を保護する実用部材だったが、やがて意匠化し、神社・寺院・城郭建築の象徴的な装飾へと発展した。 1. 懸魚 …
狹間とは
狹間は、城の石垣や土塀、櫓などに設けられた攻撃用の小さな開口部。敵を安全に攻撃するための射撃のためのスリットで、城郭防御の中核装置といえる。読みは「さま」が一般的だが、「はざま」とも読む。 1. 狹間の基本的な役割 攻撃 …
石垣(4)積み方一覧表
石垣の積み方一覧表 亀甲積み 石材を六角形に加工して積み上げる切込み接ぎの石垣の一種である。亀の甲羅の模様ように見えるためこう呼ばれる。力が均等に分散するため、崩れにくいが、江戸後期に低い石垣に用いられた例のみである。沖 …
石垣(3)外観による分類
その昔、修学旅行で熊本城へ行ったとき、大きな石の表面がきちんと平らに加工され見事に組み上げられているのを見た。戦国時代という400年以上も昔にこのような技術があったことに感心したのを覚えている。 そして帰ってから確かめた …
石垣(2)積み方による分類
石垣の積み方は、布積と乱積の2つに大きく分けられる。石垣最上部の天端(てんば)が垂直になった箇所を雨落とし(あめおとし)といい、その下に反りがあるものを「寺勾配」、雨落としが浅い・無いものを「宮勾配・扇の勾配」という。 …
















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